マイクロマウスという概念の誕生


マイクロマウス競技を最初に提案したのは,IEEE spectrum編集者のD. Christiansenである.
1977年,IEEE spectrum magazineにて,「驚きのマイクロマウス迷路コンテスト」という題でマイクロマウスの概念が発表される.
シャノンの迷路探索機では,迷路本体側に迷路を自動で解く仕組みが組み込まれていたが,
発表された概念ではロボットに迷路を移動するため仕組みを組み込むものとしていた.
そして,
1979年に決勝大会を行う旨が告知されている.

1979年,最初のマイクロマウスコンテストがニューヨーク, National Computer Conferenceで行われる.
Wall street JournalやNew York timesなどの新聞やCBSやNBCなどのカラーテレビの取材もきていたようだ.
この大会では現代のルールと違って13x13区画の迷路で,スタートとゴールは迷路の東南・南西の区画であった.
迷路は単純な右手法・左手法で解けるものとなっており,CPUを積まずに機械的に右手法を実現するロボットもいた.
優勝したのはMoonlight expressというロボットで,Z80-A-CPUにROMを4kb,RAMを2kb積んでおり,直進速度は520.7mm/secと,
現代の大会に出てきても不思議ではないロボットであった.

1980年9月にはEuromicro学会主催で,ロンドン大会が行われている.
この大会では16x16区画の迷路でゴールは中央の4区画.現代のルールがほぼ完成されたといえる.
観客の中には日本の学者([金山]の記述から,恐らく油田信一教授,飯島純一教授)もいた.
彼らはマイクロマウス競技のルールを持ち帰っており,
同年11月3日,日本で最初の全日本マイクロマウス大会が開催されている.
開催会場である科学技術館には多くの観客がつめかけ,大変な盛況であった.
11月3日の入館者数1万9千人は,当時の入館者数記録を更新している.